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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7827号 判決 1989年5月24日

原告 富士銀ファクター株式会社

右代表者代表取締役 園部富士夫

右訴訟代理人弁護士 杉本幸孝

同 室町正実

同 米倉偉之

被告 園考己

右訴訟代理人弁護士 福岡清

同 山崎雅彦

同 小林伸年

被告 大成建設株式会社

右代表者代表取締役 里見泰男

右訴訟代理人弁護士 関根俊太郎

同 大内猛彦

同 坂東規子

主文

一  原告と被告園考己との間において、訴外日本地業株式会社が昭和六一年三月三一日被告園考己に対してした別紙債権目録記載の各債権の譲渡を取り消す。

二  被告園考己は、前項により債権譲渡が取り消された旨を被告大成建設株式会社に通知せよ。

三  原告の被告大成建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告園考己に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告大成建設株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  訴外日本地業株式会社(以下日本地業という。)が昭和六一年三月三一日被告園考己(以下被告園という。)に対してした別紙債権目録記載の各債権の譲渡を取り消す。

2  被告大成建設株式会社(以下被告大成建設という。)は、原告に対し、金七四七万円及びこれに対する前項の判決確定の日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、日本地業振出にかかる別紙約束手形目録記載の裏書きの連続する約束手形一一通(額面合計金七五九万円、以下本件手形債権という。)を所持している。

2  日本地業は、被告大成建設に対する別紙債権目録記載一の工事請負契約及び同二の工事請負契約にかかる各工事代金債権(合計金額七四七万円。以下本件債権という。)を有していた。

3  日本地業は、昭和六一年三月三一日、被告大成建設に対する本件債権を訴外株式会社東興に対する工事代金債権約六三五万円(以下別件債権という。)とともに被告園に対し譲渡した(以下本件債権譲渡という。)。

4(一)  日本地業は、本件債権譲渡の当時、本件債権及び別件債権の他に見るべき資産がなかった。

(二) 日本地業は、昭和六一年三月三一日第一回目の、同年四月一日第二回目の手形不渡りを出し、同月四日手形交換所の取引停止処分を受けて倒産した。

(三) 日本地業は、被告園と通謀し、他の債権者を害することを知って被告園に対する本件債権譲渡をした。

5  よって、原告は、詐害行為取消権に基づき、日本地業と被告園との間の本件債権譲渡の取消しを、また被告大成建設に対し、主位的に詐害行為取消権に基づき、予備的に債務者日本地業が権利行使をしないことが明らかであるから右詐害行為取消により回復された本件債権につき日本地業に対する債権者として債務者日本地業に代位して、本件債権金額七四七万円及びこれに対する本件債権譲渡の取消しの確定した日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、債権譲渡については、取消債権者が詐害行為取消しにより債務者に復帰する債権の支払請求を詐害行為取消請求とともに第三債務者に訴求し得ないとすれば、取消債権者は詐害行為取消訴訟の後別訴をもって第三債務者に対し給付訴訟をしなければならず、債権回収に二度の訴訟を強いられ、かつ、その間における第三債務者の経済状態の変化による危険を引き受けなくてはならなくなる等、自己の債権回収に努力した債権者の地位を害することとなるから、詐害行為取消の効果として、然らずとするも、債権者代位権に基づき、債権譲渡の取消しとともに取消債権につき第三債務者に対し直接給付請求をし得ると解すべきである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち(二)は認め、その余は否認する。

(被告園の主張)

日本地業は、本件債権譲渡の当時、少なくとも

(1) 被告大成建設から受注した執行マンション(東京都新宿区赤城下町六一番地所在)建設工事

(2) 古河建設から受注した高木ビル(東京都豊島区池袋二丁目三番六号所在)建設工事

(3) 多田建設から受注したホテルリオス円山町(東京都渋谷区円山町九番地三所在)建設工事

を請け負い工事中であり、その請負代金債権を有していた。

また、被告園は、本件債権譲渡の当時、日本地業に対し別紙貸付債権一覧表記載のとおり合計六五四八万一〇〇〇円の債権を有していたところ、本件債権譲渡は右債務の一部の弁済に代えてなされたものである。

よって、本件債権譲渡は詐害行為にあたらない。

5  同5は争う。

(被告大成建設の主張)

債権譲渡に関する詐害行為取消による原状回復の方法として債権者が受益者に求めることができるのは、受益者から第三債務者に対し債権譲渡が詐害行為として取り消された旨の通知をすることに止まる。また、詐害行為取消の効力は相対的なものであって債務者及び第三債務者に及ばないものであるから、債権者は債務者に代位して取消債権の支払いを第三債務者に求めることはできない。

三  抗弁(被告大成建設)

1(一)  本件各請負契約には、日本地業は被告大成建設の書面による承諾のない限り請負契約上の権利を譲渡することができない旨の債権譲渡禁止の特約がある。

(二) 被告園は、本件債権譲渡の当時、右の債権譲渡禁止の特約を知っていた。

(三) 被告園が本件債権譲渡禁止の特約の存在を知らなかったとしても、以下の事情から、そのことにつき、被告園には重大な過失がある。

(1) 被告大成建設をはじめ国内の大手建設業者は、工事下請契約に当り、権利の譲渡禁止条項を含む約款を付した請負契約書を用いるのが通例であり、長らく被告大成建設と取引のある日本地業は、債権譲渡禁止の特約の存在を知っていた。

(2) 被告園は、長く建設重機の取引に関わり、建設業界の取引を始め工事請負契約の実情にも明るく、かつ、日本地業のスポンサー的な立場にあってその取引内容を熟知していたから、本件債権譲渡禁止の特約の存在を当然知り得る立場にあった。

(3) 被告園は、昭和六一年三月三一日、日本地業の代表者を同道して弁護士事務所に赴き、弁護士に依頼して弁護士関与のうえ本件債権譲渡をしたものである。

(4) したがって、もしその際、本件各請負契約の約款を確認せずに債権譲渡の手続きをしたとすれば、被告園には右の債権譲渡禁止の特約の存在を知らなかったことにつき重大な過失があるというべきである。

(四) したがって、本件債権譲渡は無効である。

2  本件各工事請負契約約款には、次の約定がある。

(一) 日本地業又はその下請負人が本件各工事について労賃、材料代の支払を遅滞する等第三者に損害を与えて紛争を生じさせ、自らこれを解決することができないときは、被告大成建設は、右の金員を立替払いするなどの方法によりその紛争を解決することができる(約款三五条)。

(二) 日本地業がその振出に係る手形小切手等につき資金不足等信用欠缺の事由による手形不渡事故を発生させ、本件各工事請負契約の履行が困難と認められるに至ったときは、被告大成建設は、日本地業に対する立替金返還請求権その他の債権の弁済期のいかんにかかわらず、これらをもって被告大成建設の日本地業に対する請負代金支払債務と相殺することができる(約款三三条、三八条)。

3  被告大成建設は、昭和六一年五月一九日現在、日本地業に対し、別紙反対債権目録記載のとおり、合計七八五万五一〇〇円の反対債権(以下本件反対債権という。)を有する。

4  被告大成建設は、昭和六一年五月一九日、日本地業に対し、被告大成建設が同日現在日本地業に対し負う本件債権の支払債務と右3の本件反対債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をし、右の意思表示は同月二〇日日本地業に到達した。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1の(一)の事実は知らない。

(二) 同(二)及び(三)の事実は否認する。

(三) 同(四)は争う。

2  同2ないし4の事実は知らない。

五  再抗弁

被告大成建設は、日本地業が支払不能に陥り、かつ、本件債権譲渡がなされたことを知って、しかる後自己に都合の良い債権者にのみ立替え払いをして本件反対債権を取得し、これをもって自働債権として相殺を主張するものであり、恣意的に一般債権者を害することが明白であるから、その相殺の主張は、権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否(被告大成建設)

被告大成建設のした立替金の支払いは、被告大成建設の発注に係る工事の下請負人、孫請負人等に対する請負代金の支払いであり、その相当部分の実質は労働者の賃金と同様であって一般債権者に優先して保全されるべき性質のものであるから、その立替金返還請求債権をもってする相殺は許容されるべきである。

第三証拠《省略》

理由

一1  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、請求原因2及び3の事実並びに同4の(二)の事実については当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、日本地業は、アースドリル工法による建築基礎工事の下請を主たる業とする会社であるところ、昭和六一年三月三一日第一回目の手形不渡りを出した当時、本件債権及び別件債権の合計一三八二万円の債権を有し、他に工事の出来高約一〇〇万円の現場(請負金額四〇〇万円)を一か所抱え、現金約三七〇万円、預金約四〇万円を有していたが、右合計約一八九二万円の他に見るべき資産はなく、負債は原告に対する本件手形債務七五九万円の他に少なくとも八〇〇〇万円の債務があって、著しい債務超過の状態であったことが明らかであり、《証拠判断省略》 また、乙第二四号証の記載は《証拠省略》に照らして右の時点における残存債権の記載と認めるに足らず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

日本地業の代表者であった河合栄輝は、建設機械の購入に絡んで知り合った被告園に対し、昭和五九年ころから日本地業振出の約束手形の手形割引による融資を依頼したところ、被告園は、これに手形保証をする等して訴外太陽建機株式会社(以下太陽建機という。)及び訴外芝機産業株式会社等から手形割引を受け、これを日本地業に融資するようになり、以後、河合は日本地業の運転資金について被告園を頼り、被告園は日本地業の経営状態の詳細を把握するようになった。日本地業は、昭和六〇年末ころ二〇〇〇万円以上の運転資金を必要としたため、額面金額合計三五〇〇万円の約束手形を振り出し、被告園の仲介で訴外三和機材株式会社(以下三和機材という。)からいわゆるリースバックの方法による融資を受けたが、その約束手形の多くの支払期日が昭和六一年三月三一日であった。被告園は、同日に至り、三和機材が経営に行き詰り、和議を申請するに至ったこと及び太陽建機が自己破産の申立てをしたことを知り、これに伴って日本地業振出の右の約束手形の決済ができるか危ぶまれる事態となったため、同日午前出先から河合に電話をして、同人に一日待機するよう指示した。同日午後二時ころに至り、被告園は再び河合に電話をして、現金全部と日本地業の代表者の印を持って来るよう指示し、呼び出したうえ、同人を自動車で福岡弁護士事務所に同行した。その車中、被告園は、河合に対し、三和機材及び太陽建機が倒産したこと及びこれに伴い前記日本地業振出の三五〇〇万円の約束手形が不渡りになることを免れず、日本地業も倒産せざるを得ないことを説明し、河合もこの事情を承知して、被告園の求めに応じ、持参した現金約三七〇万円全部を同被告に交付すること及び日本地業の有する各請負代金債権を同被告に譲渡することを承諾したが、河合は、その時点において、日本地業の負債は被告園に対する五、六千万円を含め、総額一億円に近いと認識していた。被告園及び河合は、福岡弁護士事務所に至り、同弁護士に右債権譲渡の手続きを依頼し、河合は同弁護士の指示等により本件債権及び別件債権の額を日本地業の事務担当者に電話で照会するなどして確認し、債権譲渡及び譲渡の通知手続きを終えた。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

3  右認定の事実によれば、日本地業は、昭和六一年三月三一日、他の債権者を害することを知って被告園に本件債権譲渡をしたことが明らかである。

ところで、被告園は、日本地業のした本件債権譲渡は日本地業が同被告に対する別紙貸付債権一覧表記載の債務の一部弁済としてしたものであるからこれにつき詐害行為は成立しないと主張するが、債権譲渡は債務の本旨弁済にあたらず、かつ、前認定の経過からすると、被告園は日本地業に対する融資につき特別な関係にあった立場を利用し、これと意を通じて他の債権者の介入の余地のない状況を作出して本件債権譲渡を受けたことが明らかであるから、これが詐害行為であることを否定することはできない。

よって、原告と被告園との間においては、本件債権譲渡は詐害行為として取り消されるべきものである。なお、取消債権の譲渡が譲渡禁止の特約に反してなされたと否とは、当該特約の効力の対抗関係にない取消債権者のする詐害行為取消に消長を来すものではない。

二  さて、原告は、債権譲渡が詐害行為となる場合には、取消債権者は詐害行為取消の効果として、然らずとするも、詐害行為取消により債務者に復帰する債権につき債務者に代位して、詐害行為取消とともに直接第三債務者に対しその支払いを訴求することができる旨主張する。

けれども、詐害行為取消は、債務者の不当な責任財産減少行為を取り消して原状回復をさせ、責任財産を保全するための手続きであって、詐害行為取消により金銭の取戻し又は他の財産の返還に代る賠償を求める場合に、取消債権者に受益者又は転得者に対する自己への直接の給付請求を認めるのは、受益者又は転得者に対し債務者に対する右の金銭給付を命じたとしても、債務者がその受領を拒み、又は受領した金銭を費消する等して責任財産保全の目的を遂げ得ない虞れがあることを慮っての例外的な取扱いであるから、そのような虞れのない場合にまでこれと同様の請求を認めることは、詐害行為取消制度の目的の範囲を逸脱することとなり、認め難い。

したがって、債権譲渡につき詐害行為としてその取消を訴求する場合、取消債権者は、債権の譲受人又は転得者が第三債務者から譲受債権の弁済を受けてこれを回収済みのときは、財産の回復のため債権の譲受人又は転得者に対し弁済を受けた金銭の支払いを求めることができるが、債権の譲受人又は転得者が第三債務者から譲受債権の弁済を受けてないときは、原状回復の方法として、取消債権者が債権譲渡の取消を第三債務者に対抗し得るように、債権の譲受人又は転得者に対し当該債権の譲渡が詐害行為として取り消された旨第三債務者に通知することを求めることができるに止まり、裁判所は右原状回復としてこれを命ずる必要があるが、取消債権者が第三債務者に対し譲受人又は転得者の未回収の債権を回収するためその金銭の支払いを求めることは、詐害行為取消による責任財産保全としての原状回復の範囲を超えるものであって許されない。また、債権の譲受人又は転得者がいまだ第三債務者から譲受債権の弁済を受けてない債権譲渡の詐害行為取消について、取消債権者が詐害行為取消ともに債権者代位権に基づき第三債務者に対する当該債権の履行を請求することは、当該債権譲渡が詐害行為として取り消され、その旨の通知がなされて、はじめて債権譲渡の取消を第三債務者に対抗し得ることとなり被代位債権の存在を主張し得ることになることに反するから、これを認めることはできない。

なお、原告は、右のように解すると、取消債権者が債権回収に二度の訴訟を強いられ、かつ、その間における第三債務者の経済状態の変化による危険を引き受けなくてはならなくなる等、債権回収に努力した債権者の地位を害することとなる旨主張するが、その法的立場は、不動産等の権利が登記登録等によって受益者又は転得者に移転された場合と対比し類似するものと解することができるから、右の主張は採り得ない。

よって、本件債権譲渡に関する詐害行為取消を前提に取消債権の回収として被告大成建設に対する金銭支払いを求める原告の本訴請求は、その余の事実につき判断するまでもなく、主張自体失当である。

三  以上のとおり、原告の被告園に対する請求は理由があるから認容し、被告園に対しては本件債権譲渡が詐害行為として取り消された事実を被告大成建設に通知することを命じ、被告大成建設に対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

<以下省略>

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